〜4.75mの玉入れが教えてくれた子どものがんばり〜

保育園での子どもたちの毎日は、大人が想像する以上に全身全霊の「挑戦」の連続です。
靴を自分で履くこと、お友達と意見をぶつけ合いながら遊ぶこと、そして運動会に向けて新しい競技に取り組むこと。できない悔しさに涙を流し、何度も何度も転んでは立ち上がり、ようやくできるようになった時には満面の笑みで飛び上がって喜ぶ。そんな子どもたちのひたむきな姿は、日々大きな感動と勇気を与えてくれます。
しかし、私たち大人は時として、無意識のうちに「大人の基準」や「大人の当たり前」で子どもたちの頑張りを測ってしまうことがあります。今回は、袖師保育園の運動会で実施した「保護者 VS 3,4歳児のガチンコ玉入れ」という特別な競技を通じて、大人が本当の意味で「子どもの目線に立つ」ことの大切さと、そこから見えてきた子どもたちの計り知れない頑張りについてお伝えいたします。
「すごい!」が響かなかった運動会での違和感
この特別な玉入れのルールが生まれた背景には、以前の運動会で感じた、ある「違和感」がありました。
当時の運動会で、年長組の多くの園児が鉄棒で「逆上がり」を見事に成功させました。実は、文部科学省の小学校学習指導要領を見ると、逆上がりは「小学校3〜4年生」の体育で習得する目標とされています。つまり、5〜6歳の幼児期の発達段階において、自分の身体の重心を理解し、腕の力で身体を引きつけながら回転する逆上がりを成功させることは、極めて困難であり、絶え間ない努力があってこその成功だったのです。
本当なら、たった1人が成功しただけでも感動の涙が出るような場面です。それを多くの園児が次々と成功させたのですから、会場から割れんばかりの大歓声が巻き起こってもおかしくない、瞬間でした。
しかし、その時の会場の反応は、期待していたような大きな歓声や感動の渦ではありませんでした。拍手はあったものの、どこかあっさりとした空気が流れていたのです。
なぜだろうか。
そう考えた時に気づいたのです。大人たちは「逆上がりは自分も子どもの頃にできた(今もできる)」という、大人の目線と記憶からその姿を見ていたのだと思います。
「大人の目線」の弊害
大人の基準で判断してしまうと、目の前の子どもたちがどれほどの壁にぶつかり、どれほどの努力を重ねてそこに立っているのかという「本当の凄さ」が見えてきません。この出来事をきっかけに、「大人が本当の意味で子どもの目線になり、その頑張りを肌で感じられるような機会」を作りたいと強く思うようになりました。
「大人を勝たせないため」ではない、「平等」の探求
そこで考案されたのが、3,4歳児と大人が対決する玉入れです。
従来の親子競技のように、大人がしゃがんだり手加減をしたりして「負けてあげる」接待玉入れでは意味がありません。
大人が本気になって挑戦し、ようやく子どもと同じ苦労を味わうための平等な条件を追求しました。
保育士たちが実際に何度も玉を投げ、大人と子どもの身長差、腕の長さ、そして空間認識能力の違いを計算し、実践データを集めました。その結果導き出されたのが、以下のルールです。
子どもチームの籠: 通常の高さ(約1.8m〜2.0m)
大人チームの籠: 地上4.75メートル
これは決して「大人を勝たせないための意地悪なルール」ではありません。
大人も子どもも、本気で投げて「30秒から60秒に1回、ようやく籠に入る」という同じ成功率になるように、導き出された論理的な高さなのです。地上4.75mという、住宅の2階の窓にも届きそうな高さの籠をめがけて本気で投げる時、そのはるか上を見上げる視界と身体への負荷は、3,4歳児がいつも籠に向かって一生懸命に投げている状態と一致します。
本番の結果と、そこから見えた子どもたちの「凄さ」
運動会の本番前にも、保育園の職員が改めて4.75mの籠に玉を投げ、園児と同じペース(30秒〜60秒に1個)で入る難易度であることを最終確認して挑みました。

そして迎えた、本番のガチンコ勝負。競技が始まると、大人たちは真剣に何度も何度も天高く玉を放り投げました。しかし、力いっぱい投げても籠の縁に弾かれたり、届かなかったりと大苦戦。一方の子どもたちも、小さな体で一生懸命に腕を振り、背伸びをしながら玉を投げ続けました。
結果は以下の通りでした。
大人チーム: 2個
園児チーム: 10個

子どもたちの見事な圧勝です。
実は、子どもたちは普段の練習では20個ほど入れていました。しかし当日は、大勢の観客や保護者の皆様に見つめられるという独特の緊張感やプレッシャーから、いつものような成功率を出すことはできませんでした。
それでも、10個もの玉を籠に収めたのです。一方、本気で挑んだ大人たちは、その高い壁に阻まれ、2個を入れるのがやっとでした。
この「2対10」という結果、そして大人が上を見上げながら必死に苦戦した事実こそが、子どもたちが普段どれほどの緊張感の中で、どれほどの頑張りを見せてくれているのかを何よりも雄弁に物語っています。
一緒に心を震わせ、感動を分かち合うために
大人の目線からは簡単に思えることも、子どもの世界ではとてつもなく高く、険しい挑戦です。この玉入れは、私たち大人に「子どもの本当の目線」を教えてくれました。
この玉入れで、大人が1つの玉を入れるのにどれほど苦労したかを思えば、子どもたちが玉をひとつ籠に入れるたびに、本来なら大歓声があっても良いはずなのです。
玉入れに限らず、鉄棒も、かけっこも、日々の生活習慣の獲得でさえも、子どもたちは私たちの想像をはるかに超えるような困難に立ち向かい、途方もない頑張りを見せてくれています。私たち袖師保育園も、結果だけを見るのではなく、その裏にある努力の過程や葛藤を、これからも丁寧にお伝えしていきます。
どうか皆さまも、時にはその「大人目線」を外し、子どもたちと同じ目線に立ってみてください。そうすれば、日常の景色はまったく違って見えるはずです。そして、彼らの計り知れない頑張りを一緒に見守り、共に感動していきましょう。
(園長 横山友宏)


